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観音霊場巡拝の、巡礼の人々の所持した「納札」から展開したものといわれている。後世になり、観音霊場の巡礼も盛んになり、大衆化されてくると、 幅広の銅板などの金属製の豪華なものまでできるようになった。それがや て木製の小型に変り、形態もだんだん細くなり、その札の上部に穴をあけ、その穴に紐を通して巡礼者たちの首にかけるようになった。そして霊場を巡拝するごとに、一つずつ打ちつける習慣になっていったので、霊場のことを「札所」と呼び、巡拝することを「札を打つ」と呼ぶようになった。札所巡 り、札の打ち納め、などの語源も、この納札からでたという。 江戸時代の宗教は、特定の階級のものら庶民のものへと、だんだんと日常化されてきた。 稲荷千社詣りと称する千社の稲荷社へ参詣することが流行してきた。そのうちその影響をうけて機に敏なる江戸庶民たちは何々千社詣りという寺社の参詣形式を流行させた。そしてその千社詣りに、題名納札を貼ることが同時に流行してきたので、当時の江戸庶民たちは題名納札をさして、千社詣りの納札、略して「千社札」というようになったといわれている。千社札は人によっては「せんしゃふだ」と呼び、あるいは「せんじゃふだ」と発音する二通りの呼称が用いられている。 |
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